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第二十三話 橙仙南

Auteur: 春埜馨
last update Dernière mise à jour: 2025-08-01 20:01:55

翌朝。

馬に跨った永憐ヨンリェン蘭瑛ランインは、梅林メイリンとパオに見送られながら宋長安そんちょうあんを後にした。縮地印しゅくちいんを結び、橙仙南とうせんなんの下町まで一気に進む。すると、活況に満ちた町並みが見え始め、永憐の背後に乗っていた蘭瑛は、目を泳がせるように景色を堪能した。

さすが、栄耀栄華と言われる橙仙南だ。

宋長安に初めて来た時に感じた感動が蘇る。

「永憐様、橙仙南ってこんなに素敵なんですね〜」

「そうだな。ここは、宋長安より富貴ふうきが多い。世に逢う生活を送ってる者ばかりだ」

二人はしばらく馬に揺れ、いつも馬を預かってくれるという預託舎へ向かう。到着すると、各国の上級来賓の御馬がずらりと並び、皆大人しく主人を待っているようだ。

永憐は蘭瑛を馬から降ろし、馬の紐を門番へ授ける。

そして、二人はしばらくこの煌びやかな橙仙南の町を歩き、風情を愉しんだ。

すると食べ物に目がない蘭瑛は、ある食事処に目が留まった。

汁物屋から漂う美味しそうな匂いが、蘭瑛の食欲を誘う。

「永憐様、一緒に食べませんか?あそこの汁物屋で」

「うん」

蘭瑛は永憐の袖を引っ張り、人集りの多い食事処へ向かう。蘭瑛が店の扉を開けると、気前のいい女将が出迎えてくれた。

「いらっしゃい!あら、素敵なお嬢さんに素敵な郎君ね。こちらにどうぞ」

穏やかな笑みを湛えた女将に席を案内され、二人は並んで窓際に座る。

蘭瑛は鶏肉と根菜の汁物を二つ頼み、店の中をきょろきょろと見渡した。

「そんなに楽しいか?」

永憐は、茶を啜りながら落ち着いた様子で蘭瑛に尋ねる。

蘭瑛は破顔した顔を見せながら答えた。

「はいっ!だって、久しぶりに外に出れたんですよ〜。たまには羽を伸ばしたっていいじゃないですか〜」

「まぁ、そうだな」

永憐は窓枠から見える景色を遠目に眺めながら続ける。

「お前はやっぱり、宋長安は嫌か?」

唐突な質問に答えが詰まった。

「嫌ではないですけど…」

蘭瑛はそれ以上言葉を繋ぐことが出来なかった。

決して嫌な訳ではない…。梅林の食事は美味しいし、藍殿にいるという安心感もある。ただ、何となく寂しさを埋められないだけで…。

蘭瑛がそんな事を思っていると、頼
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